話題のSF。
テッド・チャン著作の「息吹」。
手に取ったのは、とても軽い気持ちでした。
SFに関しては、どちらかといえば「好き」という程度なんです。
ですが、以前見た映画「メッセージ」があまりにも良くて、この映画の原作となったのが、テッド・チャンのSF短編小説『あなたの人生の物語』であったこと。
それから、この装丁のデザイン、タイポグラフィがあまりにもカッコよかったのでつい手を伸ばしたんです(笑)。
様々な長さの短編が収められており、時間がある時に読もう!くらいに考えていたんです。
ところが、一度ページをめくり始めると、これまで読んだことない世界観が広がっていて、知的探究心を大いに揺さぶられページをめくる手が止まりませんでした。
宇宙戦争をドンパチやったり、奇怪な宇宙生物が出てくるわけじゃない。
SFは単なる切り口、あるいはそこに登場する人々のツールであって、この9つの物語の中で「人間の儚さ、美しさ、尊さ、そして愚かさ」がハイテクノロジーよって生々しく切り出されているように感じました。
若干ネタバレなので、真っさらな気持ちで読みたい方は、これから先はご遠慮ください。
第一話「商人と錬金術師の門」
古典的な題材である「タイムトラベル」だが、しかしよくある設定とは異なり「過去は変えられない」「自己矛盾のない単一時間」が前提となっている。
多くの人は、過去に戻れるなら、あの時の過ちや決断を修正し、より良い現在と未来を描こうとするだろう。だが、変えることはできない。
しかし、過去を変えられないことが必ずしも悲しいことではない。
自分の過去を、客観的に多く知ることで、その出来事はまるで違うものに見えてくる。
第二話「息吹」
Air(空気)のみで生存できるヒューマノイド。
病はもとより「死」も実感のない彼らであったが、ボディに異変を感じた一人が、自分の手で自分自身を解剖し、原因を探る。
頭頂部にカメラをセットし、モニターを見ながら自分の頭部を開き、慎重に奥深く分すすむ。
そこで、ふと思う。
自分の脳を分解して観察している自分の意識は、この脳が感じているのことなのか?意識は一体どこにあるのか。。。
第三話「予期される未来」
あなたの行動を完全に予知する機械があったら。
最初は面白がっているが、次第に「自分の意志では選択できない」ことを知り、多くの人が精神を病んでいく。
第四話「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
ソフトウェア上で育成するデジタル生物の「ディジエント」。
ゲノムエンジンをベースに、あらかじめ発達させたAIではなく、ユーザーが教育することで成長する仮想空間上のペット。
このディジエントは世界的なブームとなり、人々は熱狂する。
これを売り出したIT会社は、瞬く間に巨万の売上を積み上げる。
人間の子供のように、次第に言葉を覚え、スポーツやダンスもできる個体まで現れる。
しかし、育てる環境によってわがままや暴力的な個体が出現し始めると、顧客の熱は急速に冷め、次々とディジエントたちを放り出していく。
現在のペットを自分の都合で平気で捨てる人々と、何1つ変わらない。
もちろん、そんな人ばかりではない。
愛情を持って育て、どんどんユーザーが減る中、コミュニティーを作り、ディジエントの情報交換をしたり、捨てられたディジエントの里親を探す人たちもいる。
そんな活動も虚しく、ディジエントを販売・仮想空間を運営していた会社が倒産。
ディジエントという、デジタルではあるが種の存亡をかけた決断に迫られる。
この物語を読んだ後、あなたも思うだろう。
あなたの愛情を惜しみなく注ぐ存在と、あなたが描く明るい未来と希望は、もしかしたら、あなたを想う誰かの大きな愛情によって成り立っているのかもしれない、と。
第五話「デイシー式全自動ナニー」
ロボットまではいかないが、赤ちゃんの面倒をみるマシンのお話。
このマシンで子供は健康的で幸福に育つのか。
評判のよかったマシンであるが、顧客が勝手に改造したことによる事故で、返品が相次ぎあっけなく販売終了。
時代から忘れ去られた頃、発明者の息子が父の意志を継ごうとするが。。。
第六話「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
口承伝達しかなかった太古に、「文字ができ何かに記し記録する」ことはテクノロジーの大革命であっただろう。
そして今、網膜にプロジェクターを埋め込み、人間が見たものを全て映像で記録する技術が生まれる。
これはライフログと呼ばれ、調べたい単語を思い浮かべるだけで、そのキーワードに基づく映像が目の端に映し出される。
つまり、人間の記憶もテクノロジーによって置換されようとしている。
しかし、人間は忘れるからこそ、嫌な出来事、思い出したくない過去の傷が癒え、立ち直ることができるのではないか。
心に深い傷をつけた出来事が、永久に消えなかったとしたらどうなるのだろう。
第七話「大いなる沈黙」
地球に住み続ける「地球外生命体」が選んだもっとも良い生存方法は、人間たちにエイリアンではないと信じ込ませ共存すること。
第八話「オムファロス」
ある科学者によって、長年による研究し計算してきた結論、
人類を根柢から覆すかもしれない論文が発表されようとしている。
「地球を含む太陽系は、神が何かを創造したときに出た単なるゴミ」
と、聞いたら貴方はどう感じるだろう。
元から無神論者の僕でさえ、ちょっと心が揺らぐものがあった。
あなたがもし神の存在を信じている人ならば穏やかではないだろう。
第九話「不安は自由のめまい」
量子力学を応用したプリズムと呼ばれるマシンが発明される。
パラレルワールド。
こっちと全く同じ世界に住む、もう一人の自分にアクセスできるマシン。
同じ自分であるが、全く異なる人生を歩んでいる場合がある。
例えば、あっちの世界の自分は大きな富と名声に恵まれた人生を送っている。
一方こっちの世界の自分は不幸が続き苦しい日々を送っているとしたら、何を思うだろうか?何一つ変わらない自分なのに、なぜこんなにも違うのか?
人生の羅針盤
ここに記された9つの物語は、もしかしたらこれから僕が向かう新たな方向へ小さなキッカケになるのではないか、そんな気がしています。
僕はビジネス書の方をよく読み示唆を得ることが多いが、まさか娯楽目的で読み始めた小説に、これほど心を大きく動かされるとは思わなかった。
考えもしなかったところに、解決のヒントが眠っている。
人生とはそんなものかもしれない。
こんな人におすすめ
・直球ではない変化球のヒューマンドラマが好き
・「幸せとは何か」をよく考える
・未知の世界は恐れより好奇心が勝る
・知的エンターテイメントが好き
・1つの側面だけが真実ではないと思う
僕はあまり同じ本を読み返すタイプではないのですが、この小説はおそらく何度も読み返す予感がします。
なぜなら、一回読んだくらいでは、その深い部分まで辿りつけていない気がするからです。